「こんなサービスがあったらおもしろそう」と思って作り始めたものの、途中で止まってしまったプロジェクトがあります。
正解のないシステム設計や、進まない開発。私が直面した、当時のリアルな消耗の記録です。

理想とのズレ

「誰かの『あったらいいな』を形にする」 そんな大規模なアイデア共有サービスを作ろうとしていたことがある。過去の自分にとって、最も長く向き合ったプロジェクトだった。

今でも「おもしろそう、使ってもらいたい」と思いついたものを形にしようとする習慣は変わっていないが、当時はその想いを一つの大きな形にすることに、心血を注いでいた。

しかし、開発が進むにつれて、理想と現実のギャップが少しずつ現れ始めた。

自分で動くことの限界

そのサービスを形にするために、私はプログラミングの勉強も始めた。 最初は自分の手で作り上げようとしたのだ。けれど、目指していた場所はあまりに広く、複雑だった。

途中から外注という選択もしたが、適切なパートナーが見つからず、ようやく決まっても細かい修正の繰り返しで思うように進まない。そんな停滞した日々が続いた。

加えて、システム設計には「正解」がなかった。

  • 投稿されたアイデアをどうブラッシュアップするのか

  • ジャンルごとに必要になる、専門的な外注先の選定

  • ユーザーへの還元をどうシステム化するか

これらを一つひとつ定義していく作業は、プログラミングを学ぶのとはまた違う種類の難しさがあった。クリアすべき課題の山を前に、膨大な時間と労力が消えていった。

熱が冷めた瞬間

「おもしろそう」という純粋な動機で始まったはずが、気づけば「進まない進捗」と「終わりのない設計」だけの毎日になっていた。

自ら手を動かし、学び、足掻いた結果、ある時ぷつりとエネルギーが尽きてしまった。誰のせいでもなく、ただ純粋に、走り続けるための燃料が空になったのだと思う。

情熱が冷めてしまっていることに気づいた時、私は開発を止めた。

今も続いていること

結局、そのサービスはリリースされていない。

けれど、あの日感じた「こんなサービスがあったらいいのに」という感覚自体が消えたわけではない。そのサービスに限らず、今でも新しいアイデアを思いついては、それをどう形にするかを考え続けている。

大規模なものを一人で動かそうとして消耗した経験は、今の自分にとって一つの区切りになった。
どうすれば「おもしろい」を、自分を擦り減らさない形で世に出せるのか。その答えを探しながら、今も自分なりのモノづくりを続けている。